「うわぁぁぁん!いたかったよ〜。バカー!!」 
斧をも弾き返す屈強な体を持つ彼らが、貧弱な虫捕り網でいとも簡単に 
ダメージを受けることを数日前に教えてくれたのは、皮肉なことに 
今わたしの目の前で泣き叫ぶ白い犬でした。 

あの雨の日に、気がついたときには、わたしは車で運ばれている最中でした。 
体力のない女の身一つで見知らぬ土地に置かれ、元の世界に帰る術を絶たれた今、 
生き抜くために得られた結論は、月並みな話ですが『どこかで折り合いをつけて 
いかなければならない』ということでした。 
そう・・・・、帰るためには、何としても生き続けていかなければなりません。 

実際に開き直ってつき合い始めれば、最初はその風貌に気圧されそうになった 
キング、ゴメス、ゴンザレス、タンタンそしてビアンカでしたが、実のところ誰もが、 
むしろお節介と言えるほど面倒見の良い住民でした。 
そしてそれは、もはや動物ではないと思える、やよいやガチャも同じでした。 
二足歩行をしているとか、共通の言葉をしゃべっているなどということに 
おびえているだけでは、事態が好転するはずなどないのですから。 
得体の知れぬ土地に放り込まれ生きていかねばならない状況は、彼らにしても 
同じなのですから、お互いの足を引き合うことなく暮らしていかねば、 
今もって姿を見せない何者かに、つけ入る隙を与えかねません。 

何事もなく平穏に・・・・・・。 
でも一匹だけ異質な存在がいました。どちらかと言えば甘えん坊のような言動を 
口にしつつも、ことある毎に他の住民の悪口を吹聴するトミでした。 
わたしは、そんな彼が苦手でしたが、それでも生き続ける手段の一環として、 
他の住民と分け隔てることなく接してきました。しかし今日・・・・。 

「ねえ、キミってビアンカくんのこと、どのくらい好き?」 
「ゴンザレスくんと同じもの買っちゃって、気まずかったんだ。」 
「やよいくん?ボクはキライだな。何となくイヤらしいんだもの。」 
「それをもらった以上は、キミはボクの味方につくんだよ。」 
いやだ、いやだ!どうしてこんなにいやな思いをしてまでこんな会話に 
付き合わなきゃならないの?早く帰りたい。お母さんの住むあの家に帰りたい! 
もしかして、この犬がわたしたちをここに連れてきた黒幕のスパイでは? 
そう、そうに決まっている。そして住民の関係が崩して、そこを一気に 
攻め込んでこようという魂胆に決まっているの! 

心のどこかで何かが崩れる感覚が訪れるとともに、いつの間にかわたしは、 
それまで手にしていた如雨露を虫捕り網に持ち換えて、 
この森に来てから忘れていたはずの満面の笑顔で、トミに近づいていきました。 


ふるさとに住むおかあさん 
    ――――「え?え?ボクのあたまに虫がいたの?」 
いつもお手紙をもらっているのに、お返事を出せなくてごめんなさい。 
    ――――「うわぁぁぁん!いたかったよ〜。バカー!!」 
でもわたしも無事ではないけど、こうして生きています。 
    ――――「もうキミのこと信用できないよ。」 
いつか絶対に元気に帰ります。だから心配しないでください。 
    ――――「急に心変わりして、ひどいよ〜!」 
ああ、でもそれまで人としての心を保ち畜生道に落ちぬならば。 
    ――――「やめて、やめてぇ!ボクの頭がわれちゃうよ〜!」 
その不安さえもいつまで持ち続けることができるのでしょうか。







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