心地よい曲が頭の中に流れ始めた。 
ああ、目覚めの時だ。僕はぱちりと目を開いてベッドから立ち上がり、深呼吸した。
あの曲のおかげか、僕は毎日すっきりした目覚めを迎えている。 
すたすたと階段を下りて、玄関から外へ。白い鳥が空を飛んでいく。
表の空気を吸って、僕はもう一度深呼吸した。 
───おはよう。 

ポストに手紙が来ていた。二通ある。 
うきうきしながら開くと、母からだった。適当に目を通して即座に捨てる。 
もう一通は引っ越していったサラからだった。大事にポケットの中にしまい込む。後で役場で保管してもらおう。 
果樹から果物を取りつつ村の中をぶらぶら歩くのが、僕の日課だ。 
昼間は青空を眺めて住人の動物達とお喋りし、花に水をやり、その日の気分で髪型を変えたり服を着替えたり。
たまにはいたずらして動物を落とし穴にはめてみたり、木を切って道路を敷いてみたり。 
夕方には海辺で波の音に耳を傾けてから喫茶店でコーヒーを一杯。
夜は星を見ながら散歩し流れ星を見つけては明日の幸せをお祈りする。 
───ああ、なんて平和な生活。 
平凡なばかりの毎日の繰り返しではあったが、僕はそれに満足していた。
住人の動物達は時々引っ越しをするので、新鮮な出来事が全くないわけではない。
多分今では、この村に一番長く住んでいるのは僕だろう。 
ここにつれてきてくれたカッパの運転手には、心から感謝している。
こんなに平和で素敵な日々を、僕にくれたのだから。 
昔は狭くて空気の悪いごみごみした団地で、いっつも…… 
ん? 
僕は頭の中にぼんやり浮かんだ光景に、ふと首を傾げた。
よく思い出してみようとすると、それはもやのように掻き消えてしまう。 
この村にやってくる前のことを、僕はほとんど思い出せない。
しばらく頭をひねってみて、まあいいや、と僕は考えるのをやめた。
思い出せないものは仕方がないのだ。それより今の生活を楽しんだ方が、ずっといい。 
この村で毎日を過ごす僕は、とてもとても幸せだった。 

のんびりした散歩を終えて、僕は家に戻った。
入ってすぐの部屋は一番広く、今は木々の質感が暖かいカントリーシリーズの家具が揃っている。 
階段を上がっていきながら考える。そろそろ見飽きた気もするし、また今度模様替えしようか。 
部屋の模様替えは以前も何度かした。
子供っぽいカラフルシリーズから大人な雰囲気のモノクロシリーズまで、
たぬきちの店で売られる家具の種類は幅広い。 
ウエスタンテーマやサイエンステーマに飽きた後は、
自分で合いそうな家具同士を並べて新しいテーマを作ってみたこともあった。 
『学校』というのをテーマに机を並べてみたことがあったが、
『学校』というのが何だったかよく思い出せないし、
なんだかやけに胸がむかむかしてきたので、すぐに取り払って別のテーマに変えてしまった。
模様替えは楽しいが、あれは失敗だった。 
僕の家には同居人がいる。勝手に模様替えをしまくると文句を言われそうだが、
彼等は僕が起きている間はずっと眠っていたので、その心配はなかった。 
……しかし、彼等は時々何も言わずにいなくなってしまう。それが僕はとても寂しかった。 
彼等はずっと眠っているし、しかもほかの動物のように手紙を残してはくれない。
話したこともない同居人達だが、それでも彼等がいなくなる度、僕は寂しい気持ちになっていた。 
どうしていなくなってしまうのかはわからない。まあでも仕方がない。
彼等にはきっと彼等なりの都合があるのだ、僕と違って。 
しかし今日は大きなサプライズがあった。 
屋根裏に戻ってみた僕は、そこに増えていたベッドを見て、思わず満面の笑みを浮かべた。 
新しい同居人が来ていたのだ。 
───女の子だった。 



「ねえ、今朝の新聞読んだ?」 「うん、また例の沼でしょ?動物園の近くの森の」 「そうそう。今度は女の子だって」 「遺体、見つかったの?」 「駄目だったみたい。深いし底の方が真っ暗で」 「また何年か経った後で浮かんでくるんじゃない?」 「…そういえば、最初に行方不明になった子がまだ見つかってないんだよね」 「そうなの?ひょっとしてその子の怨念が〜…とか?」 「ちょっと、やめてよ」 「冗談だってば。でもね…昔あそこの沼にはカッパがいて、近くを通った子供を引きずり込むっていう話があったそうよ……」 ■TOP