ここのところ、目が醒める間隔がどんどんと開いていっていた。 
半年前には毎日二回は目が醒めていたのに、もはや2日や3日 
目覚めないことも珍しくなくなっていた。 

平屋+屋根裏の粗末な家には、絨毯や壁紙が散乱し。 
村には雑草がはびこるどころか、大きな臭い花まで咲いていた。 

もう村の誰が存在を抹消されようが、気にもならない。 
このまま屋根裏で独り、朽ちてしまえれば、とすら思っていた。 


そんなある日、4日ぶりに目を覚ますと。 
見知らぬ女の子が、隣のベッドで眠っていることに気づいた。



4日ぶりの起床というのに、今日はやたらと目覚めがすっきり している。すぐに階段を駆け下りると。 家の周りの雑草が、全て引き抜かれていた。 久々に村中を歩き回ると、あの大きな臭い花は消えていた。 まだちらほら残る雑草を引き抜きながら、しばし考えてみた。 (きっと…あの女の子の仕業だろうけど…そもそも誰だ?) 少し情報収集をしようと、高慢ちきな犬女を呼び止めてみると、 2週間ぶりがどうのニテンリッチがどうの代わり映えしない話を 聞かされたあと、ようやくそれらしい情報をつかめた。 「××ちゃんとぐーぜんお茶したけどあのコ、前からあんなに  「お花好き」ってカンジだったかしら?」
なるほど、よくよく川のほとりなどを見ると、花がちらほらと 咲いている。花は枯れつくしたはずなのに。ということは… 「いらっしゃいませだなもー」 果たして、コンビニたぬきの花は売り切れていた。 今まで、ただ独りで村を脱出しようと足掻き続けて、それでも 果たせぬ毎日を過ごしてきた自分には、一筋の光明だった。 屋根裏に上がって、思い切って彼女に声をかけようとした。 …なぜか声が出ない。 肩に手をかけ、揺すろうとしてみた。 …なぜか手が伸ばせない。 そして、なぜか鼓動が止まらなかった。
なぜか、急に手紙が書きたくなった。ベッドに横たわる、バイトの 服を着たまんまの彼女が、愛おしくてたまらなくなった。 今までDM一通しか書かなかった手が、すらすらと滑る。 なぜか漢字は思い出せないし書けないが。ひらがなで、かいた。 誰かに操られるかのように書いたその手紙は、馴れ馴れしくて、 かつ自分でも赤面するような甘ったるい文面だった。 次の日に目を覚ますと、彼女の服装が変わっていた。 期待に胸を膨らませながらポストを覗くと…返事があった。 自分の書いた手紙に負けず劣らずの、甘ったるい手紙だった。
それからの村の暮らしは、楽しいものだった。 毎日、手紙を楽しみにしながら目を覚ました。 彼女が好きな花を、好きな家具をもっとたくさん買えるよう、 毎日釣りと昆虫採集に明け暮れるようになった。 彼女も彼女で、あの三日で実がなる不気味な果樹を増やして、 果物を採取しては売りさばいているようだった。 悪徳商人のタヌキ親父に儲けさせ続けた結果、あっという間に コンビニはデパートへと変貌を遂げ、家も5部屋+屋根裏の広々 としたものになった。 村には見たこともない青いバラ・金のバラまでもが咲き誇った。 服飾店には彼女の作った可愛らしいデザインが沢山飾られた。 雑然と散らかっていた部屋は、モノクロシリーズ部屋・ロイヤル シリーズ部屋とテーマの貫かれた美しい部屋になった。 村を出たいという気持ちは、すっかり消えてしまっていた。
しかし、違和感もないことはなかった。 まず、彼女は僕が起きている間は一切目を覚まさない。 彼女が起きているであろう間は、僕も一切目が覚めない。 まるでそれがこのセカイの約束であるかのように。 そして…手紙。 手紙の内容は甘ったるい話から、なにげない日常の話へ移ろい はじめていた。いや、それ自体はむしろ心が安らいだ。 だがそこで語られる「日常」は。映画館に行った、ドライブした…。 それも、「二人で」行ったという。 彼女は目を覚ましてないのに。村には映画館も車もないのに。 まったく記憶も心当たりもない話が延々と綴られている。 なのに、返事を書く自分の手も勝手に動く。 当たり前のように映画の話に相槌を打っている…。
…でも、そんな不条理すら、さほど気にならなかった。 この不条理な甘い監獄に永遠に閉じ込められることすら望んだ。 永遠に年も取らない。永遠に二人で生き続けられる。 その幸せを望んでいた。 しかし。異変は徐々に起こり始めていた。 花が枯れ始めた。彼女が水をやらなくなったのだ。 服飾店のデザインは変化を止め、彼女も服装を着替えなくなった。 彼女のメールも次第にそっけないものになり、やがて途絶えた。 心はあせるのに、なぜか自分が手紙を書く手も止まりだした。 伝えたい言葉はいっぱいあるのに、手が動かない。 やがて、彼女が目を覚まし活動している痕跡が消えだした。
もう、彼女はかれこれ1週間は目を覚ましていないようだ。 わけもわからないまま、気持ちだけ憂鬱になっていった。 唯一残った青いバラに水をやるだけで寝てしまう毎日。 再び村は雑草だらけになっていた。 やがてそれさえも面倒になり、青いバラをポケットに入れた。 なぜか枯れない青いバラを抱いて、ひたすら眠り続ける。 もう、最近は自分もほとんど目を覚ますことがなくなった。 1ヶ月以上眠り続けただろうか。 唐突な胸騒ぎで目が覚めた。頭が非常に重く、寝覚めも最悪だ。
しかし、ぼーっと動けぬままベッドで佇む間も、胸騒ぎは収まる ところを知らない。早く動いてくれ、自分の体。 玄関を開けると、雑草まみれの村、叩きつける豪雨。 手紙で膨れたポストを開けると、彼女からの手紙があった。 「○○へ    さよなら                ××より」 雨でぐしょぐしょの手紙を握り締め、しばし放心した。 …轟く雷鳴で我に返り、とぼとぼと屋根裏部屋に戻る。 彼女は以前と同じ服装で、屋根裏部屋に寝ていた。
その、人形のように横たわる彼女の姿を見た瞬間、全てを悟った。 ようやく、このセカイの真実にたどり着いた。 だけど、そんなことはもはやどうでもよかった。 ただ一つ、重要なこと。 それは、彼女が二度と「戻ってこない」ということ。 それだけが、自分にとっての全てだった。 屋根裏部屋のベッドにゆっくり横たわる。 恐らく…もう二度と自分が目を覚ますことはないのだろう。 何をどうやっても脱出は叶わない、この閉鎖空間。 その閉鎖空間の中で、永遠に横たわり続ける自分と彼女の骸。 だけど、それでいい。このまま永久に、眠り続けよう。 そして、忘却の彼方へ消えてしまおう。 ■TOP