この村に来てからというもの、僕が食べるものといえば 
木に成る果物ばかりだ。 

海や川ではアユ・タイ・ヒラメ等の高級魚がいくらでも釣れるのに、 
タヌキの店へ行けばガスコンロやバーベキューコンロも手に入るというのに、どうしても 
料理をする気分になれない。 

[そもそもバーベキューの肉が無い…いや…ある…? 
 いや…それについては思考がまとまらない…] 

あんなに新鮮なのに、刺身で喰おうとすら思わない。 

果物以外の食べ物は身体が拒否反応を起こすのだ。 
目の前にあるのに、食べられるとわかっているのに、どうしても食べる事ができないのだ。 

そんな偏った食生活なのに、不思議と毎日健康でいられる。 
村の他の住民のように、風邪をひいたことすらない。 
試したことはないが、きっと今の僕は、何も食べなくたって生きていけるんだろう。 

[村の端から端まで、全速力で何周も走り回ったって 
 息切れひとつしない。 
 僕は、いつの間にこんな体力がついたんだろう] 

それはいい。 
今更この村でおこる理不尽に異を唱えたところで、まともな返答をしてくれる相手など 
居ないことは分かっている。



だが今、目の前で腹を空かしているセイウチには 困ったものだ。 僕はあいにく食べ物を持っていない…はずなのだが、 セイウチは僕の手元をヨダレを垂らして見つめている。 視線の先にあるものは、さっき掘り出したばかりの新鮮な野菜… 赤カブ。 冗談じゃない。 これが僕には喰えないことは百も承知だが、日曜日から毎日、欠かさず水をやって 丹精し、やっとここまで大きくした野菜、つまり、大事な資金源だ。 はっきり言って僕は今や大金持ちだ。 タヌキの店は僕の投資のおかげで(そうに違いない)デパートになり、自宅も限界まで 増築し、銀行にも充分な貯金があり、欲しいと思った物はタヌキに値段を確認 するまでもなく買える。 実在するのかどうかも分からない最果てにあるという貧しい村への寄付も、 「もう十分」と、役場のトリに呆れ顔で言われてしまった。 それで、僕のタンスの中には美しいだけで何の役にも立たない7色の羽が 静かにねむっている。
だけど、だからこそ、今の僕には…金 を 貯 め る こ と く ら い し か  楽 し み が な い ん だ !! [永遠に繰り返される住民との単調な会話] 「貯金だけが楽しみ」 思えば、何て寂しい生活なんだろう…この村で金がどれほどの 意味を持つのか…僕はそれでもここで生活しなくてはならない。 友達も、家族も持たず、たったひとりで。 …とにかくこの赤カブはやれない。そう断ろうとした時、 僕は以前、この万年空きっ腹のセイウチに、釣り過ぎてもて余していた “スズキ”をくれてやった時のことを思い出した。 猛烈な勢いで肉片を撒き散らし、瞬く間に巨大な魚が丸ごとヤツの腹へ消えてゆく… 悪夢のような光景だった。大食いとか早食いってレベルじゃない。 奴が意味不明の抽象画を僕に渡してその場から立ち去っても、身体の震えが止まらなかった。 目的の獲物が手に入らなかった場合、この空腹の野獣は手近な獲物…僕…を狙うだろう。 そして肉片が飛び散り骨も残らず… もはや選択の余地は無い。僕はあきらめてヤツに赤カブを手渡した。 ■TOP