夏の間に萌えるような緑を見せていた木々の葉が、紅く色づき始め、いよいよ肌寒さを感じる 
ようになってきた。それとともに僕の心も、益々陰鬱になっていく。 
気晴らしに釣りをするにしても、最近はどうにもその気になれない。と言うのも、 
僕が釣竿を持ち歩く姿を見るだけで、すぐに釣り勝負を吹っ掛けたがる住民が、少なからず 
存在しているからだ。 
それでもこの村に連れて来られて最初の2ヶ月ばかりは、一生懸命釣りや虫捕りに明け暮れた。 
家のローンを払わねばならないから、とにかく何でも捕まえて、たぬきちの店で売りまくった。 
それに、博物館のフクロウのご機嫌もとれるので、身の安全という副産物もついていたから。 
でも家の増築も限界を迎え、すべての支払いを終えてしまった今となっては、その気力さえも 
滅多に起きやしない。 

結局は、外より幾分か暖かい部屋に篭り、ベッドでごろごろと寝転んでTVを見たり、あるいは 
何を目的にするでなく、部屋の中をうろつくしかない。 
不本意ではあるけど、ハッピールームアカデミーに監視され続ける生活にも慣れてしまった。 
もちろん慣れていると言っても、納得までしたわけではない。 
しかし、その不満をどこに持って行けばいいのか? 
僕がこの村に来てからというもの、そのような気配を感じさせる施設を見た事が無いのだから。 

冬が近いと言えば、風邪の季節でもある。ここのところ、村中で住民の病気が続いたせいか、 
看病に使ってしまい、薬の買い置きも底をついてしまった。 
あいつらも病気のときのために、薬の買い置きくらいしておけば良い話なのに・・・・。 
仕方なく家を出て、あの品揃えの悪い「たぬきデパート」に出かける事にした。 
家を出て間もなくすると、青い目をした犬と出合った。ベンという名前だったか。 
昨日に引っ越してきたばかりで、作業を手伝おうと訪ねたら、泣くわ怒るわの大騒ぎだった。 
しかしもう荷物の整理も終わったのだろうか、あのように平和そうに散歩をしている風体は、 
いかにも頼りなさげだ。 
もっとも、そんな頼りなさげな連中にさえ、傷一つつけられない僕は、もっと頼りないのだが。 

『昨日は何もしてあげられれなくて悪かったね。』この先も平和に過ごすには、 
そんな言葉だけでもかけておいた方が良いだろうな。そう思って、いつもの作り笑いで、 
ベンに声をかけた。 
そしてベンもとぼけた笑顔を浮かべ、脈絡のない会話で応えてきた。 
「う〜ん・・・ さいこうで 何人くらい 入るのかなぁ うん? キミの おうちのコトだよぉ! 
 すっごく 大きくなったでしょ? 110人くらいの おじさんと ごちそうパーティが  
 できるかも しれないよねぇ〜、バウ」 

『まったく大きなお世話だ。だいたい110人って何の数字だよ。』口に出そうな気持ちを、 
ぐっと飲み込み、頬を引き攣らせながらベンと別れた。 
そんな事より買い物だ。さっさと済ませないと、本当に風邪を引いてしまうかも知れない。 
まったく何がごちそうパーティだよ、家が大きくなったって、僕がどれほど苦労したのか、 
あいつは知ってるのかよ・・・・・・・・。 
ちょっと待てよ。おかしいじゃないか。何であいつが知ってる・・・・? 
僕の家が「すっごく 大きくなった」事を、昨日引っ越してきたばかりの、あいつが何故知っている? 
風邪で高熱を出したときと明らかに違う寒気が、背筋を何度も駆け抜けていった。 
やつらだけじゃないんだ・・・・・・。 
僕を四六時中監視しているのは、ハッピールームアカデミーだけではない事を知ってしまった。 
そのときの僕の顔は、泣きそうな、そして諦めきった情けない表情をしていたと思う。







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