かたかたかた……… 
かたかたかた……… 

僕の目の前で、そんな音が延々と鳴っていた。 

かたかたかた……… 
かたかたかた……… 

僕の目の前で、彼女は延々と作業を続けていた。 
まるで何かに取り憑かれているかのように。 



その日僕は、村のたったひとつの洋服店『エイブル・シスターズ』に足を向けていた。 
服だけでなく、門の横の旗や地面に敷く歩道まで、デザインに関するものなら何でもお任せの店である。 
店を経営しているのは、ハリネズミのきぬよとあさみの姉妹。 
そして僕は、妹のきぬよに販売を任せて、
店の奥側でひっそりとミシンをかけているあさみのことが、少し気になっていた。 
村に来たばかりの頃、僕に対するあさみの態度はひどくそっけないもので、
この人は他人と触れあうのが苦手なんだなというのが第一印象だった。 
それでも、店に並ぶ品々を見るついでに、僕は毎日彼女に挨拶していた。 
それを繰り返すうち、彼女はだんだんと僕に対して口をきいてくれるようになったのだった。 
実際会話してみると、彼女はとてもおしとやかで心優しく、
温かい気持ちにさせてくれる女性だということがわかった。
そしていつしか僕は、店に足を向けるたび彼女に会うのが楽しみになっていた。 



僕はその日の午後、果物を狸に売って懐が少し暖かくなったので、服でも買おうかと彼女達の店に向かった。 販売担当のきぬよに軽く挨拶し、陳列された商品を物色するふりをしつつ、ちらちらとあさみの姿を眺めた。 正方形に切られた生地にミシンをかける彼女。 数日後にはあの生地の服がここに並ぶことだろう。 いつもはすぐに声をかけに行くが、たまには彼女の姿をこっそりと眺めるのもいいなと思い、 僕はそのままほのぼのとした気分でしばらく彼女の姿を眺めていた。 …しばらく経って、僕はふとおかしなことに気付いた。 あさみが、ずっと同じ生地のミシンをかけているのだ。 もう結構長い間、あの生地にミシンをかけている気がする。 いつまでやってるんだろう? いや、ひょっとして自分で思っているほど時間が経っていないのだろうか?いや…… 待てよ、そういえば彼女は、午前中もあの柄の生地にミシンをかけていなかっただろうか? ……まさか。僕は頭に浮かんだその考えを一笑した。 ずっと同じ布にミシンをかけつづけるわけないだろう。柄が一緒なだけだ。 いや、でも………。 僕の心に、何かが引っかかっていた。僕に気付くことなくミシンをかけ続けるあさみ。 その姿を僕は、今度は先ほどまでよりも注意深く眺めてみた。 かたかたかた……… 彼女のミシンが、正方形の生地を縫っていく。四角い布の辺にそって、真っ直ぐに。 端から端まで縫って、くるりと布の向きをを90度曲げる。 慣れた手つきで、二つ目の辺にそって同じように布を縫っていく。 同じように、三つ目の辺を縫い、四つ目の辺を縫い。 それから彼女は───また、最初に縫ったはずの辺を、再び縫い始めた。 ぎくり、と僕の髪の毛が逆立った。その辺はさっき縫ったはずじゃないか。 ぼんやりしていて気付かなかったのか?一度縫ったところを何度も縫うなんて、何の得もない。 「あさみ………」 思わず敬称をつけることすら忘れて、僕は彼女の名を口にした。 次の瞬間、彼女はサッとミシンを止めて、僕の方に振り返った。 普段の柔らかい口調でいらっしゃいと言い、にっこりと柔らかい笑みを浮かべる。 ……いつものあさみだった。
普段通り、雑談に花が咲く。 良かった、いつも通りのあさみだ。 僕はほっとした。きっと僕が果物集めでちょっと疲れていて、 それでつい何か見間違えて彼女が同じところを何度も縫ってると思ってしまったんだろう。 彼女の笑顔を見て僕はそう考えると、それじゃあそろそろ、と会話を切り上げた。 彼女は笑顔のまま軽く僕に一礼して、再びミシンに向かう。 ───かたかたかた……… 何か一つくらい買っていこうと棚に手を伸ばした僕の耳に、ミシンの音がやけに不気味に響いた。 何故か僕の背中に冷たいものが走る。何故だ?僕はちらりと再びあさみの方に目を向けた。 あさみは僕のことはもう気にしていない様子で、ミシンに集中しているようだった。 「あさ………」 もう一度声をかけようとして、僕ははっと言葉を途切れさせた。 じっと彼女の姿を見つめて、足が軽く震える。 彼女……瞬き、してるか? かたかたかた、と音をたて続けるミシン。僕はゆっくりとあさみに近付いた。 あさみはミシンをじっと見下ろして、僕の足音にも気付かない様子で、ただただ布にミシンをかけ続ける。 ……半開きになった、虚ろな目。 その目は開ききっているわけでもなく、かといって閉じるわけでもなかった。 かたかたかた……… 僕の頭の中で、目の前で鳴り続ける彼女のミシンの音が反響した。 ひと休みもせず、瞬きすらせず、ただじっとミシンを見下ろして、延々布を進める彼女。 針が布に刺さる。引き抜かれる。また刺さる。引き抜かれる。刺さる、引き抜かれる、刺さる…… 不意に、ぞくりと背筋が逆立った。真っ青な顔で、勢い良くがばっと振り返る。 「きぬよ!!?」 「はいはーい」 明るい口調で、きぬよが僕に声をかけてきた───いつの間にか、僕の真後ろにいたきぬよが。 「御用は何かしら?」 そう言いながら、きぬよの目がじっと僕を見つめた。 真っ黒な、僕の姿すら映し返さない目。僕はきぬよの目に見つめられて、その場に立ち尽くしたまま動けなかった。 あさみはそんな僕を後目に、ミシンをひたすらかけ続ける。 きぬよの言葉が、あさみのミシンの音に混ざって、僕の頭の中でエコーしていく。 かたかたかた ごよう は なにかしら ? …… かたかたかた … なに かし ら ? … かたかた … かたかたかた……… かたかたかた……… 僕の目の前で、そんな音が延々と鳴っていた。 かたかたかた……… かたかたかた……… 僕の目の前で、彼女は延々と作業を続けていた。 まるで何かに取り憑かれているかのように。 ■TOP