一日に一杯しか飲めないコーヒーがある。 
そりゃ僕だってわかっている。 
喫茶店でコーヒーのおかわりなんて、無粋だという事くらい。 
でも村で唯一の喫茶店「鳩の巣」では、一日に一杯しかコーヒーを飲む事ができない。 

ときどき出会う先客との会話にも慣れた。 
鳩がカップをどのように持つのかとか、彼らがどうして僕と同じ言葉を 
喋る事ができるのかとか言う事に、最初は怯えさえしたのに・・・・。 
しかし家の中にいてさえ、ハッピールームアカデミーなどという得体の知れない 
輩に、常に監視されているのだ。それを考えれば少々の不審なことくらいは、 
問題にするような話ではない。 

こうして僕の心も、少しずつ崩壊していくのだろうか。 
でも元の世界に帰れないのなら、このまま狂ってしまった方が楽かもしれない。 

そして今日、鳩の巣の先客に、見慣れない猫がいた。 
話を聞くと彼は、あちこちの村を忙しくめぐっているらしい。 
よその村では、僕と同じ名前の人間にも出会った事があるようだ。 
絶望による諦めで曇っていた僕の心に、一筋の光が差し込んだ気がした。 
彼についていけばいいんだ。 
これを逃したら脱出の機会など、当分めぐってこない。 
「お願いです!一緒につれていってください!!」 
そう言おうとしたのだけど、口からその言葉が出てこない。 
困惑する僕を無視するかのように、彼はこの店のコーヒーを讃え、 
この村を褒め、怪しいもう一匹の旅ネコの質問をぶつけてきた。 

「そういえば、さいきん あやしいヤツ見なかった?」 
    「見たよ!」(「そんなのどうでもいいから、一緒に連れて行って!」) 
「えっ、見たの?! いつ?どこで? いいな いいなぁ・・・」 
    「誰のコト?」(「お願い!助けて!!自由に喋る事ができないんだ!」) 
「そっかぁー・・・最近は出歩いてないのかもしれないや  
 でも、もう1回出てこないかなぁ あの あやしいネコ・・・ 」 
そんなやりとりの間にも僕には、一筋の光がどんどん絞り込まれていく気がした。 

「次は どこの村に行こっかなぁ」 
そう言うと、彼はおもむろに椅子から降り、ゆっくると店を出て行った。 
もう一筋の光などない。大きな期待をした後だけに、その落胆もまた大きかった。 

「人生ってさ すれちがいの 連続なんだよね 」 
僕の心の中で、さっき彼が言った言葉が何度も反響した。 
「何がすれ違いだよ。」僕は小さくつぶやき、鳩の巣を後にした。







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