毎日同じ事の繰り返し。 
村からの脱出模索に翻弄される日々。 
そんな毎日に疲れきっていた僕は、ある日気まぐれで村の環境整備に取り組んでみようと思い立った。 

村の動物達がのほほんと「××ちゃんと△△ちゃんは、カフェモカ同好会仲間なんだって〜」などとどうでもいい話題で 
盛り上がったり、虫取りや魚釣りに行じている横で、僕はひとり汗水流して木を切り花を植え替え、水を撒いていった。 

「ふぅ…これでよし」作業が終わると、辺りはすっかり暗くなっていた。 
一日中無心になって体を使ったせいか、充実感と心地よい疲労感があふれてきて、
僕はその日、久しぶりに泥のようにぐっすりと眠った。 

−−−翌日。 

外に出て愕然とした。 
なんと村に歩道が出来ていのだ! 
昨日僕が整えた環境に見事に調和されたルート、そしてデザイン。 
僕はしばらく見とれてしまった。 

…しばらくしてふと思う。これは誰が作った? 
まさか、この村のボンクラ動物どもにこんなもの作れる訳がない。 
このような高度な技術は、人間でないとまず無理だろう。 
…。 
…あっ!人間! 
いるじゃないか、うちに。僕の他に3人も。 
みんなひたすら眠り続けていると思っていたが、僕が寝ている間に誰かが起きて作業をしていたのかもしれない。 
すると、毎日僕と同じ思いを持ちながら生活している人もいるに違いない! 
そう思いつくと、いてもたってもおれず即座に家の中へ引き返し、一気に寝室のある3階へと駆け上った。 
そして、ひとりひとり揺すって起こそうと試みた。 

…が、やはり起きない。 
今まで何度となくやってきた行為だ。無理だと分かっていたはずじゃないか。 
途方に暮れかけた途端…いきなり閃いてしまった! 
そうだ、手紙を書いたらどうなるだろう? 
寝室をぐるりと見回し、一番センスを感じさせる服
(おそらく非売品だろう)を着た女の子をターゲットに、まず手紙をしたためてみた。 
「きみとおなじいえにすんでるものです。そとのほどうはきみがつくったの?
にんげんとはなしがしたい。へんじまつ。」 
便箋一枚、漢字が使えない条件の中で、なるべく気持ちが伝わるよう書いたつもりだ。 
不安ではあったが役場のペリカンに手紙を預け、その日は眠った。



−−−また翌日。 ビンゴ!朝ポストを覗くと彼女から返事が来ていたのだ! 「やはりむらをきれいにしたのは、あなただったのですね。 これからふたり、じょうほうをこうかんしあいましょう!うれしい!」 …体が嬉しさで震えた。こんな簡単に、人とコンタクトを取るのに成功するとは! しかも簡単な文面からも、僕と彼女二人の気持ちは一緒のところにあると、目指すものは同じだと感じとれた。 …いける!二人ならこの村を脱出できる! 僕はすぐに彼女に返事を書き、昨日と同じく役所のペリカンに手紙を預け、次の日も待ち遠しくその日は早めに就寝した。 −−−またまた翌日。 ポストを覗くと、そこには彼女からの手紙はなかった。 なぜだかいやな予感がして、すぐに3階へ、寝室へとつまづきながらも全速力で駆け上った。 そこで僕の見たものは…。 彼女のベッドに彼女はいなかった。 代わりに、たぬきの店の作業着姿の、うだつのあがらなそうな見知らぬ男がそこには横たわっていた…。 彼女はどこへ行ったのか。いや、連れ去られたか抹消されたか。 なぜ消えたのが彼女だったのか? …次は僕の番なのか? いっその事、それでも構わない。この生活にピリオドが打てるのならば…。 そして僕の生殺し生活は、まだ続いている。 …ああ、とにもかくにもまた振り出しだ…。
彼女の姿が消えたベッド。 そこに横たわる見知らぬ男。 見覚えのある作業着は、僕がこの村に初めて来た時にタヌキの店を手伝わされる際に着用したものと同じだ。 寝ている彼へと手を伸ばし、作業着に触れる。 見知らぬ男の体温で、ほんのりと温かい作業着。 幸せそうに微笑んで眠る彼は今、どんな夢を見ているのだろう? 僕もここのベッドで眠っている時、こんな笑顔を浮かべているのだろうか? ここに眠る彼等は皆、僕が楽しそうに眠っている寝顔を見ているのか?知っているのか? だとしたら、僕も、眠っている時だけは安らかなのだろうか? 「――……っ!!」 名も知らぬ同居人達の安らかな寝息を乱しそうで、僕は必死に叫ぶのを堪える。 簡素な木の階段をヨロヨロと下りて家の外へ出た僕は、叫びたい衝動を押し殺して走った。 僕の整地した並木道、もういない少女の敷いたのだろう美しい歩道、愛らしく咲き誇る色取り取りの花。 街灯もないのに、夜目にも美しく整然と木々は立ち並び、くっきりと周囲の景色からも映えて見える。 赤と白の薔薇が並ぶ花壇に、ふと異質な色を見て、僕は近づいた。 ピンクの薔薇。 夜露を含んでしっとりと肉厚な花弁。まだみずみずしいそれは、いつ咲いたのだろう? 街路樹の入り口に咲いたそれは通行には不便な位置にあり、安全な場所に移植しようと僕は手を差し伸べる。 可愛らしい桃色の花びらに手を触れ、そのまま…… 僕は子供のように声を上げて泣き崩れた。 消えてしまった少女は、この花を見ただろうか? 手紙ではなく、互いに目を見交わして一言でも話せたら、僕たちの運命は変わっていただろうか? たった一言、この花を見つめながら「綺麗だね」と微笑み合えたら どんなに僕は幸せだったろう。 例えここが創られた世界だとしても。 泣いて、泣いて、夜も白々と明ける頃。 僕はようやく立ち上がって、自宅へと歩き出した。 自宅の屋根裏で眠る同居人達の顔が脳裏をよぎる。 話しかけたい。 少女と手紙を取り交わす事ができたのだから、彼等とも出来るだろう。 おそらくは自分の望むような返事も来るだろう、自分は一人ではないと嬉しくもなるだろう。 けれど、また、彼等が消えてしまったら? わずかな言葉をやり取りしただけの少女が消えた。それだけで僕はこんなに辛い。 また誰かに声を掛けて、突然に消えられてしまったら… 僕は二度と立ち上がれないだろう。 だから、もう二度と、同居人には声はかけまい。 泣きはらした目で、朝靄にけむる自宅を見るのはことさら悲しい。 …………。 自宅の前にはホンマが来てるし…。 ■TOP