「はは」から手紙が来た。 
家を出てこの村に来てから随分経つ。お母さんは元気だろうか。 

手紙を読むと他愛のない事が書き連ねてある。 
よかった。元気そうだ。 
安堵すると同時に手紙の一つも出さなかった自分が恥ずかしく思える。 

そうだ、ちゃんと手紙を読んでいる事と近況を伝える為に手紙を書こう。 
…ここから逃れられなくなってしまった事を。 
…もう会うことができないかも知れない事を。 

「もしかしたらお母さんが助けてくれるかもしれない」と、期待していた。 

「お母さん元気ですか?僕は元気です。 
家を出てから連絡もせずにごめんなさい。 
今、僕はのどかな村で暮らしています。同居人もいます。 
毎日何とか暮らしていますが、最近家に帰りたいと思うことも増えました。 
一度帰りたいと思うのですが、荷物が多いので迎えに来て欲しいです。 
一人でこの村から出ることはできないです。 
迎えに来てもらえないともう会えないかもしれません。 
迎えに来てください。お願いします。」 

何かおかしな文章になってしまったが、これなら誰かに見られても大丈夫だろう。 
お母さんなら僕が何を言いたいかわかってくれるはずだ。 
手紙を送れたのだから、僕がどこに居るか分かっているはずだ。 

本文を書き終えて、宛先を書こうとした時に僕は絶望した。 
…住所が分からない! 
何故だ?かつて自分が住んでいた場所が思い出せない! 
この村の外と連絡を取る事さえも許されないのか? 
記憶を消してまで守りたい物があるのか? 
それともここに僕を縛り付けたいのか? 


暫く経ち少し冷静になった。 
僕は母親の名前さえ分からない。 
そもそもこの手紙の「はは」は本当に僕の母親なのだろうか。 
母親を騙る何者かでないと言い切れるのだろうか。 
誰も答えてくれないだろう。村長も住民も。 
ここから逃れる術を教えてくれなかった様に、この村の外に関する事はなにも。 


…明日も生き延びよう。この村から逃れる事が出来る日まで。 







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