───僕は気付いてしまった。 
この村の真実に。 

この村からの良い脱出方法が見つからない僕は、
次第にこの村についてのありとあらゆることを考えるようになっていった。 
この狂った村は、言ってしまえば───『箱庭』なのだ。 
門の外にはもう一つの同じような村があり、結局のところ『外』への出口はない。 
では、波の打ち寄せるこの海は、本当に海なのだろうか。 
雨が降り星の瞬くこの空は、本当に空なのだろうか。 
そもそも、何のためにこんな村が存在しているんだろう。 
ひょっとして、裏で村を牛耳る誰かがいるんだろうか。 
あの図々しい年老いた亀だろうか、それともあの腹黒く欲深い狸だろうか? 
この村はまさか、誰かのために作られた場所なのだろうか? 
そんな風にあれこれ考える日が数日続いたある日、
僕はふと、それまで全く気にとめていなかった一つの事実に気が付いた…… 

この村の建物は全て、南側に出入り口の扉がある。 
僕の家も、頻繁に入れ替わる住人の家も、博物館も役場も店も。北側の門でさえ例外ではない。 
しかし、それなのに僕は……南の空を『見上げる』ということを、ほとんどした事がなかったのだ。 
北側の空は何度も見上げた。
郵便物を運ぶペリカン、どこからか飛ばされてくる風船、それらが北側の空を横切り、その度に気になって見上げたのだ。 
しかし、南側の空からそれが飛んできたことは一度もない。 
僕は外を歩く時はいつも真っ直ぐ前の道を見るのが習慣で、空を見上げること自体ほとんどしない。
視線を宙に上げることがあっても、それは大抵何かを考えている時で、空に注意を向けたことはなかった。 
そして、今。 

僕は、南の空を見上げている。 

その場に棒立ちになった僕の目は皿のように見開かれ、口はだらしなく開かれていた。 
「………そうか…」 
小さな声で、僕は呟いた。 
ふつふつと込み上げてくる感情は、怒りか悔しさか、それら全てか。 
口の中はからからで、足ががくがくする。 
「この村全てはお前のためだったんだな───消されて入れ替わる住人はお前を退屈させないためか?
僕が脱出のために試行錯誤して行動するのもお前が楽しむためだったのか?」 
以前僕の頭に浮かんだ単語が、再び脳裏に蘇る。 
───『箱庭』。 
───箱の中に、土砂、小さい木、人や家や動物を模した人形を入れ、それらを眺めて楽しむ玩具。 
怒りで握りしめた拳がぶるぶると震え、爪が手のひらに食い込んで指の間から血が滲んだ。 
悔しくて、悔しくて、次第に僕の目には涙が溜まり始めた。 
「全て、全てが……お前の仕業か………」 
ぎっと、眉を釣り上げる。 
ありったけの憎しみを込めて、南の空を睨み。 
声を限りに、僕は大声で───叫んだ。 

「お前の 仕業 かああああああッッッ!!!!」 


───南の空には、ぽっかりと長方形の『穴』が浮かんでいた。 
穴というよりは、空のその部分だけがガラス張りになっているようで。 
そして、そのガラスの奥から─── 



巨大な見知らぬ人間の顔が、 


僕の小さな体を見下ろして、 


にったりと嘲笑を浮かべていた。 







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