ふと僕は、真夜中に目を覚ました。 

僕はベッドから起き上がると、ついつい家の外まで足を進めてしまう。 
しかしその時は、背中がぞくぞくしてたまらないので、即座に踵を返して部屋の中に戻った。 
泣き声が、聞こえてきたのだ。村のどこかから。 

部屋に戻り、ストーブをつけてソファに腰掛け、僕は恐る恐る耳をすませた。 
───確かに、聞こえる。 
小さな子供の、泣く声が。 
あれは一体何だ。今日この日まで、子供の泣き声など聞いたことはなかったし、
この村にそんなに小さな子供はいないはずだった。 
となると…… 
脳裏に浮かんだ考えに、僕はぶんぶんと頭を振った。そんなまさか。幽霊……なんて。 
別に僕は今日…いや、昨日か?幽霊に取り憑かれるようなことはしていないはずだ。
いつも通りに村で過ごして、脱出の方法を考えて。 
ただ……門番が門を開けてくれることがわかったので、試しに門の外に出てみただけのはずだ。 
結局門の先にあったのはここと同じような村で、そこからの脱出は不可能であることがわかったのだったが…… 
などと考えている間にも、泣き声は聞こえてくる。しかも少しずつ大きくなっているのではないか?…近付いている? 
ストーブを付けているにも関わらず、寒気がした。僕はソファから立ち上がり、屋根裏にあがった。 
とりあえず、朝を待とう。それしか方法がない。
僕はベッドに横になると、両手で耳を塞ぎ、そのまま───夜明けを待った。 

次の日外に出てみると、家の前で小さな猫の女の子が泣いていた。 
一瞬どきりとしたが……どうやら迷子らしかった。 
「お母さんのいる○○村に帰りたいよぉ……」 
僕は安堵のため息が思わず口をついて出るのを感じた。なんだ、昨日の泣き声はこの子だったのか。
幽霊というのは僕の杞憂だったようだ。やれやれよかった。 
○○村というのは、昨日門の先にあったもう一つの村の名前だった。あそこから迷い込んできたらしい。 
僕はその子の頭を撫でてどうにか泣き止ませ、一緒に門の方に足を運んだ。 

○○村の門では、迷子の母親らしい雌猫が待っていた。 
親子の感動の再会。迷子の子猫は目に涙を一杯にためて母親猫に抱きついた。
その光景を見て、思わず僕の口元も綻んだ。 
ふと視線を感じてそちらに目を向けると、
一人の少年───僕ぐらいの年齢だろうか───がこっちを見つめているのに気が付いた。 
彼には昨日も会った。こちらの村では、彼が『僕』のポジションに立っている。
彼もまた僕と同じく、自分の村に疑問と恐怖を感じ、村からの脱出を目指しているのだ。 
手を挙げて挨拶すると、彼はすっと僕の近くに歩いてきて、こそりと耳打ちした。 
曰くは、「明日また来てくれ」と。 
僕は首を傾げた。迷子は送り届けたのだ、これ以上何の用があるだろう?
脱出の件で話し合うとしても、お互い自分の村のことで手が一杯なのは彼もわかっているだろうに。 
とりあえずその日は、礼を言う母親猫に挨拶し、彼の視線を背中に受けながら足早に村に戻った。 

翌日僕は、再び彼の村に訪れた。 
今朝目を覚ましたら、ポストにあの親子からお礼の品が届いていた。
わざわざどうもと挨拶するのも礼儀だろう。それもかねてだった。 
彼は門のところで待っていた。挨拶をする僕に、早々に用件を言う。 
「とりあえず、村を回ってきてくれよ」 
村の方を指差して、彼が言う。僕はまたも首を傾げた。 
「村人全員に挨拶してくれ。漏れがないように」 
彼の目は真剣だった。 
わけがわからない。しかしその視線に押されて、僕はとりあえず言われた通りにすることにした。
どっちにしろあの親子に挨拶するために、村を歩かせてもらう予定だったのだ。 
また後でと挨拶し、僕は村の方に足を向けた。 

僕が再び彼の待つ門に戻ったのは、夕方になってからだった。 
門のところに戻ってきた僕の顔は、血の気が引いて真っ青だったか、
でなければこの時間まで村中を隅から隅まで歩き回ったせいで赤くなっていたことだろう。 
「わかっただろ?」 
彼が肩をすくめて僕を見つめる。よくよく見ると、彼の顔もまた少し青ざめているようだった。 
秋風が冷たいにも関わらず、僕の背は冷や汗でびっしょりだった。
僕はごくりと生唾を飲んで、彼の言葉にゆっくりと頷いた。 

「うちの村には、あんな親子いないんだ……」 







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